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近代京都・・回生の地・・・疎水・・・

水路閣・・・・私の興味とするこの場所を・・・少し調べてみました。
京都の人々にとって、「東京遷都(明治2年)」は驚きと失望であったと思われます。
人口の減少・産業の停滞・・沈滞のきわみだったと言われています。
そこからの脱却策は産業を育成すること。そこで琵琶湖から疎水を引いて灌漑用水や飲料水を得て、運輸を発達させ、水力発電を起こす大事業を行いました。琵琶湖疎水は、明治18年から5年弱の歳月をかけて完成。人口の川を使い、日本で始めての水力発電を起こさせ、市電も走らせた。京都が復興した原点の地です。

近代京都・・回生の地・・・疎水・・・_e0041168_1381182.jpgこの疎水は、21歳の工学士・田辺朔郎が設計し、主任技師となって未曾有の大土木工事を遂行したこともすごいことです。大津~京都・伏見までの全長約20kmの「第一疎水」と、全長7.4kmの「第二疎水」、さらに蹴上付近から分岐した全長3.3kmの「疎水分線」からなります。
南禅寺水路閣は、古代ローマの水道橋を参考にして、田辺朔郎が設計、明治23年に完成しています。


近代京都・・回生の地・・・疎水・・・_e0041168_13913.jpg近代京都・・回生の地・・・疎水・・・_e0041168_13274531.jpg














発電所とそのパイプライン・・・         蹴上インクライン(傾斜鉄道)・・・
近代京都・・回生の地・・・疎水・・・_e0041168_13285925.jpg近代京都・・回生の地・・・疎水・・・_e0041168_13385057.jpgその昔琵琶湖から流れてきた水は蹴上で発電所に流れるため、積荷を載せた船はこの台車に乗せて、長さ582m・高低差36mの疎水間を上下したといいます。
・・・・・・・当時「船が山に登る」と奇観に目を見張ったとも云われています・・・・・・




この他にも・・気まぐれ写真集で・・・
by 117k | 2006-12-03 13:49 | 街角散策