早いもので・・・

今日で11月も終わり・・明日から師走・・・・
新幹線0系も最後の運転・・懐かしい想い出と共に走り去ります。

家の用事も多くなってきますが、寒いのが弱い私なので、行動が鈍くなってきました。
いつも12月の予定表を作成して行動開始です・・・今日はそれを考えなくては・・・・

・・・・・私の独り言です・・・・・・・・・117k
e0041168_9533734.jpg

[PR]
by 117k | 2008-11-30 09:54 | ひとりごと | Comments(6)

県境の謎・・・・その2

このところ、小春日よりかと思えば、木枯らしが吹いてますが、風邪を引かないようにしたいものですが・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
今日は、先日の興味本で紹介しました「県境の謎」・・浅井建爾著・・より抜粋・・・・
「県境を越えた和歌山県の飛び地」・・・について

全国にある飛び地のほとんどは同じ県にあるのですが、和歌山・奈良・三重の三県の県境に交わるところに、瀞峡があります。その近くに和歌山県の飛び地が二つあります。
東牟婁郡の北山村熊野川町(現・新宮市)の一部が奈良と三重県に挟まれた格好でありす。
中でも北山村は和歌山からそっくり飛び出た形です。これは珍しく、面積も飛び地では日本一です。練馬区と同じ広さだそうです。
何故、このような飛び地が生まれたかは昔の廃藩置県までさかのぼらないといけませんが、明治4年に和歌山藩・田辺藩・新宮藩がそれぞれ和歌山県・田辺県・新宮県となりその後、統一して和歌山県になった。
同じ日に・・おとなりの大和国を一国にする奈良県が出来て紀伊と大和の国境が県境に改められた。
ところが・・・・現在の三重県南部を領域とする度会県と奈良・和歌山との県境は旧国の境界ではなくて、北山川および熊野川(新宮川)に定められた。
これによって、旧新宮県は熊野川で和歌山県と度会県とに分割された。

難しい話のようですが・・・・
紀伊と大和の国境と、北山川および熊野川の流れは同じと思われたようです。

そこに住んでいる方は不便を強いられたようですが、奈良県に編入せずに和歌山に留まった。
それは、熊野杉の産地として杉を和歌山の新宮市に輸送して経済的に強く繋がっていたのです。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
これも生活のうえでの考えでもあり、強い県民性のあり方なんでしょうか・・・・


e0041168_9581040.gif

[PR]
by 117k | 2008-11-28 10:01 | 興味本・・・ | Comments(7)

県民性・・・・

最近はよく何につけて県民性を多く打ち出していますが、先日の新聞より・・・・・・

隠れた日本一特集として・・・・・

兵庫県=187mの国道  徳島県=ソースの消費量  香川県=全長57mの大数珠
高知県=一世帯あたりの饅頭平均購入額   和歌山県=露天風呂
石川県=アイスクリーム・シャーベット購入額
以上の6つの日本一を紹介していました。

何れも興味ありますが、まずは和歌山県の露天風呂とは、熊野本宮大社に近い「川湯温泉・仙人風呂」・・・幅50m、奥行き15m、深さ約60cm・・・但し、晩秋(11月1日ごろ)から春先までの季節限定。機会があれば一度は行って見たいと思います。

高知県の饅頭好き・・・高知は辛党が多いと聞いていますが、甘党でもあるわけですね。
年間平均購入額は¥2927・・・全国平均の倍だそうです。

兵庫県の国道も気になります・・・・
場所はJR三ノ宮駅近くの国道174号線(187m)。連絡している国道2号線が南に変更された影響で縮まったと書かれてありました。(短いですね)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
今はやりの県民性でチェックしますと・・・・・
ソース・饅頭・アイスクリームの3食品が県民の個性をかもし出しているのではないでしょうか・・・「食は世界を制す」とはどなたの格言でしょうか・・・・・117k
e0041168_946292.gif

[PR]
by 117k | 2008-11-25 09:47 | 私の雑記帳 | Comments(14)

淡路島・・・・

先日11月20日にパソコンサークルのバスツアーで淡路島へ行きました。
よく喋って食べて・・・楽しい一時を過ごせました。

少し淡路島のことについて・・・・・・・
淡路島と琵琶湖(淡海)は形がよく似ています。淡路島を180度回転すると重なります。
e0041168_108441.jpge0041168_1094155.jpg









昔・・・・・漫画本で、「神様が近江の国に海を作り、民の暮しに水を与えたいと思いました。そこで、少し大きめの湖を作り淡海と名付けた。
更に、切り取った土地を瀬戸内海に沈め、淡路(阿波の国への道)と名付けました。」・・・・・

また・・・・淡路島と琵琶湖には共通点が多々あります。
      *どちらも「淡」の字がつく。
      *形や面積が同じ。
      *双方に同じ神様を祀る大社がある。
      *土や鉱石も似ている
これはあくまでも空想ですが・・・・・・・・・・・謎めいてますね。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
花さじきにて・・・・
e0041168_1020483.jpg

e0041168_10221954.jpg

高台で少し寒かったですが・・・・・景色はバツグンですね・・・・・

淡路島の名産は・・・・
たまねぎ・・・・                      牧場で出来たプリン・・・・
甘いのは9~10月頃が一番ですが・・・       ミルクが濃厚な美味しいプリンです・・・
e0041168_10274175.jpg
e0041168_10275510.jpg










・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
この他に寄った神戸花鳥園にて・・・・・・

愛くるしい・・・・ふくろう・・・・・
e0041168_1034057.jpg


楽しい思い出のアルバムです・・・・・・・・117k
[PR]
by 117k | 2008-11-23 10:50 | 私の雑記帳 | Comments(10)

早いもので・・・昨日・11月20日は今年のボージョレー2008の葡萄で出来たワインの解禁日です。今年の出来具合は・・・・・・

ワイン好きの方は嬉しい日が来ましたね。
我が家も、いつもの酒屋さんのお勧めのワインを購入しました。

e0041168_10182657.jpg


フランスに葡萄畑を持つ〇〇さんに、テースティングコメントをお聞きしました。

葡萄にとって2008年は順調な滑り出しではなかった。4月の開花時には花冷えで開花が遅れた。その後の気候も良いとは云えない。
瀬戸際の9月に入って、嘘のように天候が回復し、収穫が終わるまでの約3週間一滴の雨も降らなかった。そして、穏やかな北東の風が葡萄を完熟へと導いた。
2008年はまさに、ミラクルイヤーの名に相応しいヴィンテージとなりました。

お勧めのワインは・・・・・
カーヴ・ド・ベレール ボジョレーヌーボー2008
(ボジョレーを代表する生産者・・毎年パリコンで数々の金賞を得ています)

ボジョレー・ヴィラージュ・ヌーボー2008
(ヴォジョレー地方北部40ヶ村の葡萄・・・ワンランク上のワイン)


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
日本は世界一のヴォジョレーヌーボーの輸入国です。
まだまだ・・・日本の底力はワイン業界にも現れていますね・・・・・117k
[PR]
by 117k | 2008-11-21 10:38 | うまいもん・・・ | Comments(14)

寒さも厳しくなってきました。関西では・・・昨日、木枯らし1号が吹いたとか・・・・
日本海側では雪も降りそうだとか・・・・もう少し秋を満喫したいですが・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
今日は長谷(初瀬)街道の三本松宿を散策です・・・

江戸時代に京都・大阪・奈良からのお伊勢参りの時の宿があった所。
現在は営業しているお店は無いですが、昔ながらの風情が残っています。
昔、宿をやっていた家で「講」の看板や宿帳を拝見しました。

昔は「講」をグループで行い、順番にお参りをしていました。奥様にうかがうと長谷宿でお昼を頂くと三本松宿で泊まるそうです。
e0041168_926375.jpg

e0041168_9282116.jpg

e0041168_9313111.jpge0041168_9315084.jpg











貴重な昔の写真や宿帳を拝見しました・・・・・(ぬしやの宿より)
名張への道しるべ(従是束名張ニ二里・・・・従束西萩原ニ二里)の碑・・・
e0041168_9322658.jpge0041168_932478.jpg









・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
まだまだ当時からの医院や醤油製造社もあります。
この通りは昔にタイムスリップした気分です・・・・・
[PR]
by 117k | 2008-11-19 09:43 | 街角散策 | Comments(8)

大阪の史跡を回ってきましたが、今回は奈良の史跡を少し・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
大野寺・・・・・・
このお寺は「室生寺の西の大門」と伝えられています。
白鳳9年(681年)に役の小角が開きました。その大野寺の対岸に鎌倉初期の、承元元年(1207年)の作と云われる弥勒魔崖仏が姿を見せています。
高さ15mの崖に身長11.5mの大弥勒像は日本最大級で壮観、実に見事なものです。
この像は、後鳥羽天皇の発願によって笠置山にあった天平時代(794年)の魔崖仏を模写して刻まれたと云われています。
春は寺の境内にある樹齢300年の枝垂れ桜や、秋には寺の側の銀杏の大木が紅葉していて綺麗です。

e0041168_92217.jpg



e0041168_942491.jpge0041168_95740.jpg













e0041168_96132.jpg

[PR]
by 117k | 2008-11-17 09:08 | 街角散策 | Comments(18)

今日は朝から静かな雨が降り続いています。気温も段々と低くなるようですね。
山や野の木々も色づくことでしょう・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
今回は、上町台の坂を散策です。
天王寺七坂・・・・
北から・・・・真言坂・源聖寺坂・口縄坂・愛染坂・清水坂・天神坂・逢坂・・・・の順に並んでいます。その中から・・・・私の見たかった坂を取り上げてみます。

源聖寺坂・・・・・
e0041168_9501953.jpge0041168_9505095.jpg













口縄坂・・・
坂の下から眺めると道の起伏が口縄(蛇)に似ているところから、この名前がついた。七坂では一番有名な坂です。織田作之助の碑が側にあります。
e0041168_9555780.jpge0041168_933234.jpg











愛染坂・・・
愛染さんの側の坂・・・
e0041168_9565384.jpge0041168_958324.jpg















・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
番外・・・・・として「百歳(ももせ)」の階段と云う坂があります。
101段あることから百歳を超えて縁起が良いとされる坂と云われています。
前記にUPしました・・大江神社内にあります。
e0041168_941526.jpg






・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
坂から眺める夕陽は格別のものがあるでしょうね・・・・・117k
[PR]
by 117k | 2008-11-15 10:02 | 街角散策 | Comments(6)

大阪史跡・・上町台地

上町台地の夕陽ヶ丘を散策です・・・・・(寺町編)

夕陽ヶ丘周辺には寺町があります。その数は200とも云われています。
これは豊臣秀吉の時代に城下町整備によって寺が集められ「寺町」が出来ました。
これは信仰の為だけでなく、合戦時の防衛ラインとするねらいもあったようです。

実際、大阪夏の陣では、大阪城から四天王寺にかけての一帯は西軍と東軍の激戦地となりました。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
まず、芭蕉さんに関係のあるお寺を訪ねました。
梅旧院・・・
大阪市内で唯一の芭蕉堂があります。この中に芭蕉さんの木像が納めてあります。
e0041168_10375728.jpge0041168_10383527.jpg











鳳林寺・・・
芭蕉を尊敬し交流もあった上島鬼貫の墓があります。
e0041168_1047227.jpge0041168_10471751.jpg










大江神社・・・
芭蕉の句碑があります。四天王寺の鎮守として聖徳太子を祀った七宮の一つです。
境内に「夕陽岡」の碑が立ち、ここから眺める夕陽は絶景です。
e0041168_10531312.jpge0041168_10533138.jpg











宝国寺・・・
↓ 芭蕉の句碑があります。芭蕉十哲の一人・・志太野坡が眠る。
e0041168_111522.jpg 
この他にも
円成院・・・絶筆句を刻む芭蕉句碑があります。また、桂文枝さんなどの大阪芸人の墓碑が並びます。
浄春寺・・・芭蕉百回忌に再建された反故塚があります。天文学者・・麻田剛立の墓所があります。




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
その他のお寺として・・・・

勝鬘院(しょうまんいん)・・・
大阪夏祭りの幕開けを告げる愛染祭りが有名です。愛染明王を本尊とするため、一般に「あいぜんさん・愛染堂」と呼ばれています。
境内の多宝塔は豊臣秀吉が再建したもので重要文化財です。「愛染かつら」の樹や「腰痛が治る石」などがあります。
e0041168_11263378.jpge0041168_11292262.jpg













萬福寺・・
新撰組大阪屯所が置かれ、常任20人ほどが詰めていた。まだ「拷問部屋」が残っています。
加賀・前田藩家の墓所があります。         ↓ この写真の奥の戸の所が「拷問部屋」
e0041168_1133164.jpge0041168_11331771.jpg












吉祥寺・・・
赤穂藩主浅野家の菩提寺。中央に浅野藩主・・左右に大石親子の墓が立ち、周囲を44士の墓碑が囲んでます。
e0041168_11394022.jpge0041168_11395772.jpg










e0041168_11403055.jpg大阪も歴史に残る人物が関わるお寺が多いのにはびっくりしました。
まだまだ、あるようですが・・・・・このへんで足休めです・・・・117k
[PR]
by 117k | 2008-11-13 11:43 | 街角散策 | Comments(12)

県境の謎・・・・

寒くなってきますと家の中で過ごすことが多くなってきました。
今日は・・・・知らなかった謎の本の紹介です。

日本全国・・「県境」の謎・・・・・浅井建爾・著の中から抜粋・・・

「奈良県が地図上から消えた11年間]・・・・・・・・
奈良県が誕生したのは、廃藩置県の断行される3年前の1868(慶応4)年5月です。同年の7月には奈良府として改称されたが、翌年の7月には再び戻っている。

その後廃藩置県では、旧大和国内に15の県が乱立した。
大和国の全域を管轄する奈良県が誕生したのは、1871(明治4)年11月です。

ところが・・・・5年後の1876(明治9)年4月に奈良県は隣の堺県に併合されてしまいました。奈良県一県では財政基盤がぜい弱だというのが理由です。

だが、大和の住民たちは不便を強いられることになり、再三、上京して奈良県設置の必要性を訴えたが請願は一向に受け入れられなかった。

堺県は1881年(明治14)年2月に大阪府に併合される。
そして奈良県が大阪府から独立が認められたのは、堺県が併合されてから11年後の1887(明治20)年のことです。

なぜ、これほどまでに苦労させられたのかは色々と話があるが、何れもはっきりとしない。
理由・・・① 大和出身の有力な政治家がいなかった。
理由・・・② 幕末時に朝廷側につくか、はっきりしなかったことも原因ではと言われている。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
この頃の堺県は河内・和泉・大和の三国を管轄する大きい県でした。

堺は・・・・・・県だったのですね。
聞きなれない堺県・・・初めて知りました。謎ですね・・・・・・・117k
e0041168_1063354.gif

     
[PR]
by 117k | 2008-11-11 10:14 | 興味本・・・ | Comments(12)