久し振りの京都へ・・・

いま大河ドラマで坂本龍馬伝が評判です。
その龍馬が活躍した幕末の京都は動乱の舞台でした。そして「近代日本誕生」の舞台でもありました。

歴史にはうとい私ですが・・・・・「龍馬」を訪ねて、京都を散策です。

京都霊山護国神社
ここに明治維新の功労者・・「坂本龍馬・中岡慎太郎・木戸考允」の墓があります。
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坂本龍馬と中岡慎太郎の墓は市街が一望出来る山腹にあります。
今でも花や千羽鶴が絶えません・・・
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霊山歴史館
ここには幕末維新に活躍した志士(西郷隆盛・勝海舟・吉田松陰・龍馬)たちの遺品が約5000点展示されています。「近江屋事件」で龍馬を殺傷した刀(小刀)もあります。龍馬が姉にあてた手紙も・・・・達筆です。
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京都・高瀬川界隈にあります動乱の場所を・・・・・

「池田屋事件」の碑
・・・新撰組が池田屋で密談中の志士を急襲した場所・・・
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酢屋(海援隊京都本部跡)・・・・・
290年続く材木商。六代目酢屋嘉兵衛は角倉家より高瀬川の輸送権を得て運送業も営む。六代目は龍馬の活動に理解と援助をした・・この2階が龍馬が住まいとしたところ・・・
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「近江屋事件」の碑・・・
酢屋から醤油商・近江屋(井口新助宅)の蔵屋敷に移った竜馬・・・
土蔵から裏の妙心寺へと抜ける秘密の出入り口がありました。
事件当日の龍馬は土蔵ではなく、母屋の2階で中岡慎太郎たちと密談中であった。
慶応3年(1867年)11月15日夜半、事件は起きました。
龍馬33歳の生涯でした・・・・・・ちなみに生まれも命日も11月15日です・・・・・
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坂本龍馬伝・・・・
私も少しは勉強になりましたが・・・・・・・

現在も「近江屋事件」の首謀者はナゾとされています。
①  京都見回組実行説  ②  新撰組犯行説   ③  薩摩藩陰謀説
④  「いろは丸」説 

まだまだ龍馬ファンは増えることでしょうね・・・・・・  
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by 117k | 2010-04-28 11:05 | 街角散策 | Comments(18)

空に向かって・・・・

このところ寒い・・あちらこちらで積雪が・・・
低温による野菜の高騰・・・
アイスランドの火山噴火による飛行場の閉鎖・・・
世の中変ですね・・不気味なことばかり・・・・どうなるのでしょうか?

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空を見上げれば・・・                    遠くには風車が・・・
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庭でも空に向かって木々が・・・・

月桂樹の花・・・                       シャラの新葉・・・・
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毎日少しづつ変化が感じられる今日この頃です・・・・
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by 117k | 2010-04-17 11:42 | 私の雑記帳 | Comments(10)

散歩の途中で・・・

「散る桜 残る桜も  散る桜」
良寛の作とも親鸞の作とも・・・その後に詠まれたものとも言われています。
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散歩の途中で見る春の光景・・・・・蕨とつくし
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蕨とゼンマイを比較してみると、先の丸まっている部分がゼンマイは1つなのに対してワラビは3つ。これが、ワラビとゼンマイの大きな違いだそうです。
 しかし、なぜワラビの先は、丸まっているのでしょう?そこで、丸まっている先を1つ1つ開いてみたところ、なんと巻いていたのは葉だったのです。しかも、よく見るとその葉の形はシダ植物の葉。実はワラビは、シダ植物だったのです。その証拠に、葉を開ききったワラビの姿は、まさにシダ植物そのものでした。(資料より)

散歩の途中で見たのは・・・・ワラビ・・ですかね・・・・
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by 117k | 2010-04-14 10:32 | 私の雑記帳 | Comments(10)

庭にも春が・・・

昨日は春らしい気温でしたが、今日は花冷えと同時に花散らしの日になりました・・・
桜にはヒヨドリが10羽ほど来ています。よほど美味しい物があるんでしょうね・・・

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少し庭に目をやりますと山野草「一人静(ひとりしずか)」が出てきました。
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              名前は、源義経が愛した「静御前
             (しずかごぜん)」という女性が
             一人で舞っている姿に見立てたことから。
              ・別名「吉野御前」(よしのごぜん)、
               「眉掃草」(まゆはきそう)      ・・・・・・・・(資料より)

ブルーベリー・
・・・・
昨年より花芽がつきました。楽しみです・・・
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桜の花が散りかけ、セイヨウニンジンボクには芽が・・・・・
桜の花の命は短いですね・・・・
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花から花へ・・・・・・これから秋まで、今年は目を向けていきたいですね・・・・・・
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by 117k | 2010-04-12 14:30 | マイガーデン | Comments(10)

幻のトンネル・・・

2ヶ月冬眠していました。庭の花々や桜も満開・・心もルンルンです。
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久し振りにブログ投稿です。


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昨年の暮れにA新聞が掲載した「幻のトンネル残った」との見出しでカラーの隋道写真を見て・・・・廃坑や今は使われていないトンネルに興味ある私は早速見に行きました。
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亀の瀬隋道・・・・
大阪府柏原市と奈良県北葛城郡王子町との境界にある渓谷。古くから景勝地として、また交通の難所として知られ、さらに地滑り地区としても名高い(角川辞書)

亀の瀬隋道(旧国鉄・大和路線)は明治25年に開通。内壁に赤煉瓦をイギリス積みで積む方法(英国人モレロ技師案)・・・昭和6年の地滑りで崩壊したものとされた。しかし煉瓦の部分が残っていたのです。安全のために今修理を行っています。
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この地区は日本でも有数の地滑り地帯です。明治以降の活動は、明治36年・昭和6~7年・昭和42年に大規模な地滑りが発生しています。

交通の要所であり、大和川の閉塞が懸念されるため、国は昭和37年に直轄で対策事業を着手しました。50年間の工事は今年に完了し、大阪府に移管されます。

この日は資料館や亀の瀬第1号トンネル(排水口)などを案内して頂きました・・・
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↓  50mの集中井・・・・(トンネルの途中に上からつながっています
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名前(亀の瀬)は未だ確かではないのですが、川にまつわる話として・・・・

近くで亀の形の岩が見られるのと、万葉の時代の話「大和の姫竜と大亀」にも語られています。
また、奈良の古都の暮らし(生活用水や舟運)を支えてきた川こそ、話のなかに登場した竜一族(大和水系)と姫竜にたとえられた初瀬川を中心に、佐保川をはじめ何本もの支流が一本の大和川となり、亀の瀬を出ると河内平野を横切って大阪湾にそそいでいる(資料参照)

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この地区が地滑り地区として有名だったとは知りませんでした。
トンネルも修理が終わればまた行きたいと思っています。
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by 117k | 2010-04-07 11:25 | 街角散策 | Comments(18)