島ヶ原散策・その2・・・

伊賀市・島ヶ原(旧三重県阿山郡島ヶ原村)について・・・・

日本歴史体系(平凡社)で見ますと、「三重県の西北端に位置し、村域の東と南は旧・上野市・・北は滋賀県、西は京都府、南の一部は奈良県に接する」とあります。
島ヶ原の町中を木津川が流れ、川に沿ってJR関西本線が走っています。この木津川は江戸時代には大阪から、塩や乾物などの物資の運搬に使われたと云います。
川の所々に荷上げ用の船着場があったと観光協会の人から聞きました。
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島ヶ原観光協会・・・・昔の役場を利用しています。レトロで懐かしい感じです・・・
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宿場町風景と本陣・・・
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昔からの宿場町・・・観光協会から西へ少し行きますと昔懐かしい風景に出会います。「島ヶ原村史」には「宿場町には問屋場の他に旅館があったが、そのうち大名や大名に伴う武士たちの宿泊、休憩する宿があり、それを本陣と呼んだ。当宿では、岩佐家がそれであります。
本陣は門を建て、玄関を付け、上段の間、書院などを有していた」とあります。

岩佐家を訪ね、「松平甲斐守の上洛時の宿札」や「上段の間(4畳)」を拝見しました。
参考図(島ヶ原本陣図)での赤く囲んだ部分(4・6・8・6畳)が上段の間です。(村史より)

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行者堂・・・
e0041168_1120370.jpgこの堂は小さいほこらで囲っています。魔崖仏と村史ではあります。その魔崖仏の製作年代は南北朝から室町時代の初期と云われています。江戸中期以後、ここに役の行者が祭られるようになってから、土地では役の行者の密教によりふさわしい仏として大日如来と称するようになった。








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この島ヶ原は歴史的にも奥が深いですね・・・・・まだまだ何かありそうです。
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by 117k | 2009-02-10 11:34 | 街角散策